小 林  未 知 数
シミュレーション物理学研究室
高知工科大学 理工学群

量子渦と量子乱流

量子流体とは、量子効果がマクロなスケールにおいて現れる流体であり、例えば超伝導や超流動などがあります。どちらも低温で実現し、超伝導・超流動ともに抵抗のない流れ(超伝導:抵抗がゼロ、超流動:粘性がゼロ)が実現されます(超流動:-271度まで冷却された液体ヘリウムで実現)。
 抵抗のない流れの本質は、巨視的波動関数(あるいは秩序変数)と呼ばれる複素数の場(以降、\( \psi(\boldsymbol{x},t) \)で記述)の存在であり、複素場を振幅と位相に分けて\( \psi(\boldsymbol{x},t) = |\psi(\boldsymbol{x},t)| e^{i \phi(\boldsymbol{x},t)} \)と書いたときに、流れの場\( \boldsymbol{v}(\boldsymbol{x},t) \)は位相\( \phi \)の勾配\( \boldsymbol{v}(\boldsymbol{x},t) = (\hbar / m) \nabla \phi \)で与えられます(\( \hbar \)はプランク定数、\( m \)は量子流体を構成する粒子の質量)。
 流れはポテンシャル流となり、渦なし流れが実現されますが、量子渦と呼ばれる、波動関数の位相欠陥(振幅がゼロとなり、その周りで位相が\( 2 \pi \)だけずれる点)が存在すると、その点において渦なし流れではなくなります。量子渦は粘性流体の渦とは異なり、渦の周りの流れの強さが一定になります。

量子渦を持つ巨視的波動関数のプロット。縦軸が振幅の2乗、色が位相を図示している。
 量子流体では渦の強さが一定になる、ということは、量子流体を容器に入れて回すとどうなるでしょうか?実は粘性流体を回したときのように大きな渦が容器の真ん中にできるわけではなく、容器の外側から多数の量子渦が侵入し、最終的には格子状に規則正しく並ぶ、ということが起こります。
 右動画に、回転容器中の量子流体のシミュレーションを示します。シミュレーションでは、渦が侵入しやすいように容器の壁をザラザラにしています。シミュレーションに比べると、実際の超流動ヘリウムの量子渦は非常に細く、また現実的な回転では量子渦の密度はあまり大きくはならないのですが、ここでは見やすくするために、あえてヘリウムとは異なるパラメーターで計算しています (高速回転のため、遠心力も大きいです) 。

回転容器中における量子渦のダイナミクス。
 量子流体で実現される乱流状態のことを量子乱流 (あるいは超流動乱流) といいます。量子乱流は粘性流体の乱流と同様に、時間空間ともに非常に強い乱れを持つ流れの状態であり、さらに量子渦は量子乱流中において複雑に絡まりながら運動します。右動画は量子乱流のシミュレーションにおける量子渦の運動を図示したものです。
 乱流を不規則かつ乱れた流れの状態としてとらえるだけではなく、なんらかの法則性を見つけるという試みがレオナルド・ダ・ヴィンチの時代からなされてきましたが、中でも最も大きな成果がコルモゴロフ則という統計的性質で、これは極限まで乱れた乱流において成り立つ法則です。実はコルモゴロフ則は粘性流体の乱流だけでなく量子乱流においても成り立っている統計法則であるという事実が近年発見されました。この事実は、乱流に関して、粘性流体や量子流体といった個々の流体の性質を超えた、ある種の普遍的な法則の存在を想起させます。また、量子渦は粘性流体中の渦とは異なって、巨視的波動関数の位相欠陥という明確な実体を持つため、量子乱流を用いて、コルモゴロフ則を示す乱流中の渦運動を解明しようという試みもなされつつあります。最近では、コルモゴロフ則だけではなく、量子乱流に特有の統計的性質も発見されつつあります。

量子乱流中における量子渦の運動。

可換・非可換量子渦

 量子渦は渦の周りの流れの強さが一定になるということを上で述べましたが、より正確には (シュレディンガー方程式のエネルギーのように) 離散的な値のみを取ることができます。 超流動ヘリウムの場合には、渦の周りの流れを渦の周りに沿って積分したもの (正確には渦度といいます) が\( 2 \pi \hbar / m \)の整数倍、つまり\( 2 \pi \hbar n / m \) (\( n \)は整数) となります (ただし現実には\( |n| \geq 2 \)の渦は複数の\( |n| = 1 \)の渦へと分裂することが多いです) 。この場合、整数\( n \)が量子渦を特徴づける量となっていて、トポロジカルチャージと呼ばれています。
 ところが場合によっては、このトポロジカルチャージが行列となることがあります。具体的には量子流体を構成する原子が、軌道角運動量やスピン角運動量のような内部自由度を持つときに起こることがあります。行列が持つ性質の1つとして、掛け算の順番を入れ替えたときに結果が変わることがある、というものがあります。量子渦のトポロジカルチャージの掛け算を入れ替えたときに、結果が変わらないような渦を可換量子渦、変わるような渦を非可換量子渦といいます (最近流行りのトポロジカル絶縁体やトポロジカル超伝導で議論される非可換渦とは少し定義が異なります) 。超流動ヘリウムのように内部自由度持たない場合には、行列ではなく整数になるのですから、この場合の量子渦は可換量子渦になります。
 可換量子渦、非可換量子渦の違いはどこに現れるのでしょうか?この違いを最も顕著に示す現象に、量子渦の衝突ダイナミクスがあります。右動画1に内部自由度を持たない量子流体における量子渦 (可換量子渦) の衝突ダイナミクスを示します。この場合、量子渦がつなぎ換わるという現象が起こります。
 可換量子渦の場合、まれにですが、つなぎ換えの他に、右動画2に示すようなすり抜けという現象が起こることもあります。

可換量子渦のつなぎ換え (動画1) および可換量子渦のすり抜け (動画2) 。
 非可換量子渦の場合、つなぎ換えやすり抜けのダイナミクスはトポロジカルに禁止されます。どうなるかというと、衝突する量子渦の非可換性から決まる、新しいトポロジカルチャージを持った量子渦 (量子ラング渦と呼んでいます) が現れ、衝突する2本の量子渦を繋ぎ止めるという現象が起こります。右動画1と2に非可換量子渦の衝突ダイナミクスを示します。この2つの動画は非可換性が異なるため (動画1は非可換だが同じ同値類に属する量子渦で、動画2は非可換かつ異なる同値類に属する量子渦) 、ダイナミクスに若干の違いがありますが、量子ラング渦が現れる、という本質は同じです。

非可換量子渦におけるラング渦生成ダイナミクス (動画1は同じ同値類、動画2は異なる同値類) 。

量子渦による相転移

 3次元では量子渦は線となりますが、薄膜のような2次元では量子渦は点の構造を持ちます。
 さて、2次元では液体から結晶への相転移のように連続自由度 (並進や回転の自由度) に関する自発的対称性の破れを伴う相転移が有限温度では起こらないことが分かっています。ところが、量子渦のような点状のトポロジカル欠陥が存在する場合にはBerezinskii-Kosterlitz-Thouless転移 (BKT転移) と呼ばれる特殊な相転移が可能になります。 ここでトポロジカル欠陥とは量子渦のように状態の連続変形によって消すことのできない欠陥です。量子渦の波動関数の図を見てみると、\( \psi \)の変形、つまり\( \psi \to \psi + \psi^\prime \)によって波動関数の零点、つまり量子渦の位置はどこかに移動するだけで必ず存在し、消すことができません。消すためには反対向きに流れている量子渦と対になって消える必要があります。
 有限温度では、量子渦は温度ゆらぎにより対になって生成したり、消滅したりという過程を繰り返します。ここで温度が低い場合と高い場合の量子渦の運動を比べてみます。右動画1は温度が低い場合の量子渦の運動で、あるところで対になって生成した量子渦の対が、直後に対になって消える、という過程をただ繰り返しています。右動画2は温度が高い場合の量子渦の運動ですが、右動画1とは異なって、対になって生成した量子渦の片方が別の場所で生成した量子渦と対になって消えることにより、もう片方の量子渦が消滅できずに長い時間、孤立的な渦としてさまようような運動が見られます。この、量子渦対のみの状態と孤立渦が存在する状態の間に先程述べたBKT転移が存在し、2つの状態は明確に区別され、BKT転移温度よりも下の温度において、流れは超流動となることが分かっています。
 単純なBKT転移はXY模型のような磁性体を始めとして古くから研究されたテーマですが、量子渦のトポロジカルチャージの性質とBKT転移とがどう関係するのか、例えば上記の非可換量子渦におけるBKT転移の性質などはあまり良く分かっていません。

BKT転移温度より低い温度における量子渦の運動 (動画1)および高い温度における量子渦の運動 (動画2) 。赤い点と青い点が量子渦の位置で、お互いに反対向きの回転流れを持っている。

トポロジカル欠陥に局在した南部・ゴールドストーンモード

 系が相転移を起こし、連続対称性が自発的に破れると、それに伴って南部・ゴールドストーンモード (NGモード) が現れます。
 例えば3次元スピンを記述するハイゼンベルグ模型の場合、相転移が起こることによってスピンが一方向に揃いますが、このスピンを一斉に別の方向に倒すような励起を考えたとしても、必要な励起エネルギーはゼロです。倒れる角度が空間に依存する、つまり有限の波長を持つような倒し方を考えた場合、必要な励起エネルギーは有限になりますが、波長無限大の極限に向かってエネルギーはゼロとなります。このような連続対称性の破れに伴った、波長無限大の極限でエネルギーがゼロになるような励起をNGモードといいます。NGモードの性質は破れる対称性の形によって決まります。
 トポロジカル欠陥が安定に存在するような定常状態を考えると、存在しない場合、つまり状態が一様な基底状態と比べて、並進あるいは回転対称性がないことになりますが、これはトポロジカル欠陥の存在による並進あるいは回転対称性の自発的破れだとみなすことができます。つまりトポロジカル欠陥が存在すると、そのトポロジカル欠陥の存在に対するNGモードが現れ、それはトポロジカル欠陥に局在することになります。
 ところで、非相対論的な系 (より正確にはローレンツ対称性が自発的に破れた系) では、複数のNGモードが結合して、1つのNGモードとなり、結合前のNGモードが単体では存在できないような場合があります。例えばハイゼンベルグ模型の場合、自発磁化の方向に垂直な2つの独立な方向へスピンを倒すような2種類のNGモードを考えることができそうですが、実はこの2つのNGモードは結合し、 (螺旋的な運動をする) 1つのNGモードとなります。
 NGモードの結合は、トポロジカル欠陥に局在したNGモードと、普通のNGモードの間に生じることもあります。右動画はイジング型相互作用を持つハイゼンベルグ模型で可能となる、磁壁と呼ばれる2次元的なトポロジカル欠陥に局在したリップル波と呼ばれるNGモードとスピン波が結合したNGモードの運動です。

磁壁 (赤い面) に局在したNGモード (リップル波) とスピン (矢印) のNGモード (スピン波) が結合したNGモード。
 普通のハイゼンベルグ模型にはスカーミオンと呼ばれるチューブ状のトポロジカル欠陥がありますが、ここにも同様のNGモードがあります。ハイゼンベルグ模型のスカーミオンは太さの変化に対してエネルギーが変わらない、つまりスカーミオンの太さに対する自発的対称の破れ、およびそれに伴う、スカーミオンに局在したNGモード (ディラテーションと呼ばれています) が存在します。ところがこのNGモードは単独では存在できず、スピン波と結合したNGモードとなります。

スカーミオン (灰色の面) に局在したNGモード (ディラテーション) とスピン (矢印) のNGモード (スピン波) が結合したNGモード。

温度急冷による量子渦生成と減衰

 超流動転移温度よりも高い温度における平衡状態 (つまり巨視的波動関数が存在しない状態) から転移温度をまたがって絶対零度近傍まで急冷したときのダイナミクスを考えてみます。このとき系が転移温度程度にまで冷えたところで巨視的波動関数が場所ごとに局所的に成長しますが、波動関数の位相はばらばらになっています。次に局所的に成長した巨視的波動関数がお互いにくっついて、一様な位相に緩和しようとしますが、うまくなめらかにくっつくことができずに量子渦を生成してしまう部分が多数現れます (Kibble機構と呼ばれています) 。このような量子渦は生成されるときは極小の輪っかの構造を構造しています。さらに時間が経過するといくつかの輪っかは消滅し、いくつかの輪っかは再結合を通して紐状の渦へと成長します。最終的にこの長い渦が消滅して、一様な平衡状態へと緩和しますが、量子渦はトポロジカル欠陥であり、一度長い渦へと成長するとなかなか消滅しないため、平衡状態へ緩和するのに非常に長い時間がかかります。逆に言うと温度の急冷によって生成された量子渦は非常に長い時間、系の内部に存在することになります。つまりトポロジカル欠陥の存在が平衡状態への緩和過程を著しく遅くするのです。
 右動画に温度急冷によって生成された量子渦のダイナミクスを示します。動画のはじめにはつぶつぶの構造があらゆるところから現れ、系全体を満たすようなダイナミクスが見えますが、これが、局所的に成長した巨視的波動関数を連続的につなぐことに失敗してできた、極小の量子渦輪の生成です。非常に小さいため輪っかの構造すら見えずに粒状に見えています。しばらく待つと、たくさんの粒状の複雑な運動は緩和して消失し、紐状の長い量子渦が残る様子が見えてきます。さらにこの量子渦は再結合などを繰り返して短くなろうとしますが、なかなか緩和しない様子を見ることができます。量子渦の複雑な運動という点において、このダイナミクスは量子乱流とも似ていますが、量子乱流とは明らかに異なる (こちらもコルモゴロフ則と同じくらい普遍的な) 統計則に従うことが知られています。
 このメカニズムとトポロジカル欠陥の種類 (磁壁やモノポールなど) やトポロジカルチャージ (量子渦の場合は渦の周りの流れ:渦度と呼ばれています) の種類との間にどのような関係があるのか、今後の研究課題となっています。

温度急冷によって生じた量子渦のダイナミクス。